私はたまたま家元に弟子入りを許され、
多くのことを学ばせてもらいました。
そこでの常識は、
私にとっては確かなものでありながら、
社会においては必ずしも正解とは限りません。
けれどそれに対して、
不平や不満があるわけではありません。
ただ同じように、
どこか違和感を感じている人は
少なからずいるのではないかと思うのです。
たとえば、
SNSで見かけるツボの紹介。
「ここを押せば改善する」
そのような情報が多くあります。
けれど実際には、
ツボを押すだけで何かが大きく変わることはありません。
それでも、そういった情報が広がるのは、
シンプルで分かりやすいからです。
人はどうしても、
簡単な方法を選びたくなるものです。
これまでにも、
さまざまなダイエット法が紹介されてきました。
けれど本質的な変化は、
そう簡単には起こりません。
身体の問題を考えるとき、
器質的な疾患なのか、
それとも機能的な不調なのか。
その違いを見ていく必要があります。
しかし多くの場合、
「病気」という形で捉えられ、
原因は外側に求められます。
本来であれば、
日々の暮らしや生き方の中にあるはずのものが、
見過ごされてしまう。
病気になってから対処する一方で、
病気にならないための選択は後回しになる。
そのような流れを、
臨床の中で感じることがあります。
もちろん、
医療の役割はとても大きなものです。
必要なときに支えになることも多い。
けれど同時に、
それだけでは届かない領域があるのも事実です。
本来、人の身体は
回復する力を持っています。
呼吸を整え、
過度な負担を減らし、
適度に動き、
しっかり休む。
とてもシンプルなことですが、
それを継続することは簡単ではありません。
むしろ現代は、
その逆に流れていくことが多いように思います。
忙しさや情報の多さの中で、
自分の感覚が後回しになる。
何が正しくて、何が間違いなのか。
その答えを外に求め続けると、
判断する力は少しずつ鈍っていきます。
だからこそ、
必要なのは「心の感覚」なのかもしれません。
本を読む。
音楽を聴く。
自然に触れる。
誰かと静かに言葉を交わす。
そうした時間の中で、
自分の感覚は少しずつ整っていきます。
健康は、特別な何かではなく、
日々の積み重ねの中にあります。
便利さの中で、
何を選び、何を手放すのか。
その問いに向き合うことが、
これからの時代には必要なのだと思います。
どれだけ環境が変わっても、
自分を変えられるのは自分だけです。
だからこそ、
どのように生きるか。
その姿勢そのものが、
身体にあらわれてくるのだと思います。

