本物という在り方

「本物は、やがて伝統になる」

講談師の 神田伯山 さんと、
盆栽師の 平尾成志 さんの対談を見て、
そんなことを考えました。

盆栽という伝統の世界に入りながら、
平尾さんはこう言います。

「新しさで勝負しない」

講談は動的で、盆栽は静的。
表現のかたちは違っても、
根にあるものは同じように感じました。

新しいものを求めるのではなく、
基本を深めること。

多くを足すのではなく、
削ぎ落としていくこと。

その先に残るものが、
結果として“伝統”になる。

この話に惹かれたのは、
鍼灸の現状と重なる部分があったからです。

情報を見れば、
美容鍼や不妊治療の言葉が並び、

「◯◯にはこのツボ」といった
分かりやすい表現があふれている。

「伝統鍼灸」という言葉も、
どこか飾りのように使われていることがある。

けれど、伝統とは何なのでしょうか。

『D&DEPARTMENTに学んだ、人が集まる「伝える店」のつくり方』
という本に、こんな一文があります。

「時が証明した息の長いデザインは正しい」

鍼灸もまた、
長い時間の中で残ってきたものです。

本来は、それだけで十分に“本物”のはずです。

それでも、どこかで
その本質が見えにくくなっている気がする。

平尾さんは、こうも言います。

「本物だからこそ伝統になる」

新しさを加えることよりも、
正直であること。

そこに向き合い続けること。

鍼を多く打てば、見栄えはよくなります。
写真にも残りやすい。

けれど、本当にそれが必要なのか。

アンチエイジングという言葉の先に、
何を目指しているのか。

今ある状態を、整えること。
それだけで、十分に美しさや健康は立ち上がるはずです。

発信は必要です。
広めることも大切です。

けれどその前に、
何をもって「本物」とするのか。

そこが曖昧なままでは、
いずれ見世物になってしまう。

本物であろうとすること。

それは派手ではなく、
むしろ静かなものです。

だからこそ、残る。

そして残ったものが、
あとから伝統と呼ばれるのだと思います。

過去の記録と、いまの思考。

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