自然観を養うこと

ある日、Xを眺めていると、
山口周さんの言葉が目に留まりました。

葉山に住み、サーフィンをするようになってから、
これもまたリベラルアーツだと気づいた、という話。

波の予感。
波に合わせること。
そして、乗り損ねること。

その感覚が、
ビジネスにも通じているのだと。


机の上で学ぶことは、もちろん大切です。

けれど、
実際に生きていくということは、もっと複雑で、曖昧です。

答えが用意されていない中で、
どうやって答えのようなものを見つけていくのか。

それは知識だけではなく、
感覚の領域にあるように思います。


自然の中に身を置くと、
人間にできることと、できないことが見えてきます。

波は待っても来ないし、
来たとしても思い通りにはならない。

ただ、感じ取ることはできる。

そして、
その中でどう振る舞うかを選ぶことはできる。


そこにいると、
自分の中にある“過信”や“傲慢さ”に気づきます。

すべてをコントロールできると思っていた感覚が、
静かにほどけていく。


それは医療の世界でも同じかもしれません。

西洋医学だけを信じること。
東洋医学だけに寄ること。

どちらか一方に偏ると、
どこかに歪みが生まれる。


コロナ禍を通して、
その違和感に気づいた人も多かったのではないでしょうか。

何が正しいのかではなく、
何が起きているのかを感じ取る力。


その“鼻が利く”感覚は、
社会の変化だけでなく、
自分の身体や心の変化にも通じています。


自然に生きること。

自然観を養うこと。

それは特別なことではなく、
本来、人が持っている感覚に戻るということなのかもしれません。


この時代に必要なのは、
新しい知識だけではなく、

失いかけている感覚を、
もう一度、静かに取り戻すことなのだと思います。

過去の記録と、いまの思考。

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