止まっているようで、動いている

ブラウン運動という現象があります。
イギリスの植物学者 ロバート・ブラウン が、水に浮かべた花粉を観察したときのことです。

花粉から飛び出した微粒子が、まるで生きているかのように、絶えず動き続けている。
静かな水の中で、止まることなく揺れ動いているその様子に気づいたのが始まりでした。

それから時を経て、アルベルト・アインシュタイン がその動きを理論として説明します。

一見すると静止している水も、実際には無数の分子が高速で動いている。
その見えない動きが、微粒子を四方から押し続けているからこそ、あの不規則な揺れが生まれているのだと。


私たちの身体もまた、似たようなものかもしれません。

静かに座っていても、何もしていないように感じていても、
身体の中では絶えず何かが動いています。

人の身体はおよそ六割が水でできていると言われます。
その水の中で、細胞は働き、流れは絶えず変化し続けています。

そしてその動きは、温度によって変わります。

冷えた水の中では動きは鈍く、
温かい水の中では、より活発に揺れ動く。

それは身体においても同じことです。

体温がわずかに上がるだけで、内側の働きは変わりはじめます。
巡りがゆるみ、滞っていたものが少しずつほどけていく。

逆に、冷えが続けば、その動きは次第に小さくなり、
気づかないうちに流れは滞っていきます。


鍼灸というものは、この目に見えない動きに触れているのだと思います。

お灸で温めることで、内側の温度をわずかに引き上げ、
鍼によって、滞っていた流れにきっかけを与える。

大きく何かを変えるのではなく、
もともとそこにある動きを、そっと思い出させるような働きです。


身体は、もともと動いています。
ただ、その動きが小さくなっているだけかもしれません。

ほんの少し温度が変わることで、
ほんのわずかな刺激が加わることで、
その揺れはまた広がっていきます。


鍼灸は特別なものではありません。
何かを加えるのではなく、
すでにあるものに触れているだけです。

静かに見えた水の中に、確かに動きがあったように。

身体の中にもまた、
目には見えない揺らぎが、いつも存在しているのです。

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