雑誌『Premium』の中で、
國分功一郎さんの言葉が紹介されていました。
「シンプルは孤独という贅沢から得られる」
現代において、
もっとも失われているものは「孤独」だといいます。
けれど、
コロナ禍を経た私たちはどうだったのでしょうか。
人と会う機会が減り、
気を遣う場面が少なくなって、
少し楽になったと感じた人もいる。
その一方で、
人の気配や温もりを求める感覚が
強くなった人もいたのではないでしょうか。
その揺れの奥には、
「村」のようなものがあるのかもしれません。
どこかに属していたいという感覚。
それは世界共通の欲求でありながら、
日本人にとっては、
もう少し根の深いもののようにも感じます。
孤独とは、
ただ一人でいる状態のこと。
寂しさとは、
そのときに生まれる心の動き。
核家族が進み、
一人で働く時間が増えた日常の中で、
孤独と寂しさは、
以前よりも静かに重なり合うようになりました。
無駄が削ぎ落とされ、
物事がシンプルになっていく一方で、
失われていくものも、
確かにあったのだと思います。
もしかすると、
あの時間の中で、
私たちは
何かを反転させてしまったのかもしれません。
だからこそ、
人が人を求めること。
誰かとつながりたいと感じること。
それは、
ごく自然なことのようにも思えます。
すべてを切り離して、
すべてを悪として捉えるのではなく。
どこかに残っている感覚を、
そのまま受け取ってみる。
それはきっと、
間違いではないはずです。
静かな時間の中でしか見えてこないものと、
人の中でしか感じられないもの。
そのあいだで揺れることもまた、
自然なことなのだと思います。

