鍼灸は、ジャズのようなもの

先日、落語家の噺の覚え方について
興味深い話を聞きました。

「読む、聴く、喋る」

この流れで覚えていくそうです。

けれど、それだけでは足りない。

そこに加わるのが、
「解釈」です。

解釈が入ることで、
同じ噺でも奥行きが生まれる。

そしてもうひとつ。

落語は、
客前で演じてはじめて完成する。

人が介在することで、
はじめて立ち上がるものがある。

この感覚は、
鍼灸にも通じるように思います。

施術は、
クライアントを知ることから始まります。

同じ人でも、
その日の状態は毎回違う。

だから、答えも一つではない。

どのツボを使うかよりも、
誰が使うか。

そこに現れるものがある。

触れ方。
言葉の間。
声のトーン。

視覚や聴覚、嗅覚から受け取る情報。

そうしたすべてが重なり、
その場で調整されていきます。

私は、鍼灸はポップスではなく
ジャズに近いと思っています。

決まった形をなぞるのではなく、
その場で変化し続けるもの。

100人に同じことをするのではなく、
1人に対して100通りの関わり方がある。

西洋医学は、
再現性や客観性によって成り立っています。

同じ条件であれば、
同じ結果が得られること。

それが強みでもあります。

けれど鍼灸は、
その枠には収まりません。

人は一律ではなく、
状態も常に変化しているからです。

たとえば、演奏。

どれだけ環境を整えても、
その場にいる人や空気によって、
音は変わります。

同じ演奏は、二度と起こらない。

「客前で演じてはじめて完成する」

その意味は、
関係性の中でしか生まれないものがある、
ということなのだと思います。

鍼灸も同じです。

知識や技術だけでは、
どこか無機質になる。

そこに必要なのは、
解釈であり、

人そのものなのかもしれません。

施術は、
その場でつくられるもの。

だからこそ、
同じものはひとつとしてありません。

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