鍼灸は生き方を診ている

「鍼灸師なのだから、ツボを紹介すればいい」

 

そう思われることもあるかもしれません。

 

たしかに、
すぐに役立つ情報を求める気持ちはよく分かります。

 

少しでも早く良くなりたい。
そのためのヒントが欲しい。

 

 

けれど、

 

ヒントを得たからといって、
本当にそれだけで変わるのか。

 

 

これまで鍼灸を続けてきて、
「早く良くすること」に価値を感じていた時期がありました。

 

信頼していただき、
継続して来ていただくことにも喜びがありました。

 

 

ただ、本来であれば

 

病気にはならないに越したことはありません。

 

 

以前、虎ノ門で施術をしていた頃、

 

疲れきった状態で来院され、
施術をして整える。

 

そのまま夜の飛行機で海外へ向かい、
帰国後また施術を受ける。

 

 

その繰り返しを見ながら、
ある疑問が浮かびました。

 

「自分は、消耗を支えているだけではないか」

 

 

この感覚は今も残っています。

 

 

不調の本質は、
治療そのものではなく、
生き方にあるのではないか。

 

 

もちろん、

 

人が無理をする理由には、
仕事や責任、
誰かに必要とされることなど、
さまざまな背景があります。

 

それを否定するつもりはありません。

 

 

ただ、

 

病気は「結果」として現れている、
という視点は大切だと思うのです。

 

 

例えば発熱も、
ただ下げればよいものではなく、

 

そこに至る理由があります。

 

疲労の蓄積や、
回復力の低下。

 

それを無視して抑え続ければ、
身体はサインを出しにくくなります。

 

 

私たちはつい、

 

「病気」と「自分」を
切り分けて考えてしまいます。

 

 

けれど、

 

身体に現れているものは、
自分の一部でもあります。

 

 

だからこそ、

 

抑えることだけでなく、
なぜそうなったのかを見ていく必要があります。

 

 

忙しさから食事を抜くこと。
簡単に済ませること。

 

楽しさの中で無理を重ねること。
休まず働き続けること。

 

 

それらを支えるために、
さらに別のもので補い、
やがて不調として現れる。

 

 

この流れは、
特別なことではありません。

 

 

では、原因はどこにあるのか。

 

社会なのか、
医療なのか。

 

 

その一部は確かにあるかもしれません。

 

 

けれど最終的には、
日々の選択の積み重ね、
つまり「生き方」に行き着くのだと思います。

 

 

病院では、
数値や画像をもとに判断されます。

 

 

一方で鍼灸は、
その人の背景や流れを含めて見ていきます。

 

 

だからこそ私は、

 

鍼灸は「生き方の医学」だと考えています。

 

 

病気になったときは、
ただ対処するだけでなく、

 

少し立ち止まり、
自分自身を振り返る時間にしてみてください。

 

 

施術は、変化のきっかけにはなります。

 

 

けれど、

 

その先をつくるのは、
日々の考え方と行動の積み重ねです。

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