社会経営思想家の山口周さんが、
こんなことを言っています。
「人間を単純な理屈で捉えすぎる人は、
人を理解できない」
人は、
理屈どおりには動きません。
それでも私たちは、
「こうすれば、こうなるはずだ」と考えてしまう。
けれど実際には、
その理解は的外れであることが多い。
私は、
中医学や現代医学に対して、
この点で疑問を持つことがあります。
人間は、
一瞬を切り取っただけで、
単純に説明できるほど簡単ではない。
それにもかかわらず、
分かったように扱ってしまう。
私はそれを、
できるだけ避けたいと思っています。
なぜなら、
ほとんどのことは分からないからです。
『タモリ論』の中で引用されていた言葉に、
こんなものがあります。
「海について知る者は賢者だが、
海について語る者は馬鹿だ」
分からないからこそ、
知ろうとする。
見る。
聞く。
考える。
その積み重ねが、
ようやく理解に近づけていく。
それにもかかわらず、
調べもせず、
知っているように振る舞う人もいます。
なぜか。
人を動かし、
自分の利益を得るためです。
そのときによく使われるのが、
「数字」です。
曖昧な統計。
切り取られたデータ。
断定的な言い方。
それらは、
一見すると正しそうに見えます。
けれど、
現実はもっと複雑です。
だからこそ、
必要なのは
「自分で考えること」です。
どうすればうまくいくのか。
なぜ失敗するのか。
それを他人に委ねるのではなく、
自分で判断する。
私は、
人間は単純だとも思っています。
同時に、
とても複雑だとも思っています。
矛盾しているようですが、
どちらも事実です。
だからこそ、
理屈だけではなく、
直感や感情、
本能も大切にしています。
施術の時間は限られています。
週に一度、
あるいはそれ以下。
それ以外の時間のほうが、
圧倒的に長い。
その中でどう過ごすかが、
本当は大きな意味を持ちます。
肩こりを、
単に筋肉の問題として扱うのか。
あるいは、
その人の生活全体の中で考えるのか。
私は後者でありたいと思っています。
施術は合理的に行う。
けれど、
人を理屈だけで捉えない。
分からないという前提に立ちながら、
観て、考え、選んでいく。
それが、
現実に対する誠実さだと思うのです。
あらゆるものは、
複雑に絡み合っています。
単純な説明に安心するのではなく、
自分の感覚も使いながら、
選んでいく。
その積み重ねが、
結果を変えていきます。

