坂東玉三郎さんが、こんなことを話していた。
「突き詰めていって問題の一番真のところに視点がいかない限り、解決はしませんし、納得はできないし、解脱はできないし、救済はできない」
とても厳しい言葉だと思う。
けれど、本質を突いている。
人はつい、目の前の苦しさだけを取り除こうとする。
痛みをなくしたい。
不安を消したい。
楽になりたい。
それ自体は自然なことだ。
けれど、目の前に現れているものだけを処理しても、
本当の意味では何も変わらないことがある。
なぜなら、表に現れている問題の奥には、
その人の“構造”があるからだ。
身体の痛みも、慢性的な不調も、
ただの結果にすぎない。
その奥には、
- 身体の使い方
- 緊張の癖
- 思考の癖
- 生き方の癖
がある。
つまり、症状の奥には構造がある。
その構造に目を向けずに、
表面だけを整えれば、
その場では楽になる。
けれどまた戻る。
戻るのは、処置が足りないからではない。
構造が変わっていないからだ。
治療をしていると、その場面を何度も目にする。
症状は軽くなる。
けれど、また同じところへ戻っていく。
そのたびに感じた。
見なければならないのは、症状ではない。
その奥にあるものだと。
どこが痛いのかではなく、
なぜそこに現れるのか。
何を抱え、
どこで緊張し、
何を繰り返しているのか。
そこに触れなければ、
本当の意味で変わることはない。
玉三郎さんの言葉のように、
問題の一番深いところに視点が届かなければ、解決にはならない。
それは身体も同じだ。
症状だけを見るのではなく、
その人の内側にある構造を見る。
私はそこに向き合うことを選んだ。
表面的な変化ではなく、
根本にある流れを見ること。
対処ではなく、構造を見ること。
だから私は、
構造をみることを選んだ。

