たとえば、クーラーから水が垂れてきたとする。
原因が分からないから
とりあえずパテで塞いで5,000円。
しばらくしてまた同じことが起きる。
次に来た業者も原因が分からない。
10分ほど作業して帰っていく。
そういう話を聞くことがある。
私はこうしたことが
プロの仕事として成立していることに
少し違和感を覚える。
もちろん、
その場をしのぐことが
必要な場面もある。
すぐに痛みを取る。
すぐに動けるようにする。
それはそれで
意味のある仕事だと思う。
ただ、
それだけで終わるのなら
問題の構造は変わらない。
また同じことが起きる可能性は
残ったままだ。
身体も、
それほど違わないのではないかと思う。
症状は、
結果として現れている。
肩が痛い。
腰が重い。
動かすと違和感がある。
そこに処置をすれば
一時的に楽になることはある。
けれど、
それが本当に原因なのかは
少し時間をかけて見ていく必要がある。
話を聞くこと。
触れて確かめること。
身体の反応を見ること。
そうしたことを重ねながら
少しずつ整えていく。
変化が出たとしても、
それが身体の中で定着するには
また別の時間が必要になる。
だから私は
時間の長さそのものよりも
何を見ているのか
そこが大切なのではないかと
思っている。
短い時間が悪いわけではない。
長い時間が
正しいわけでもない。
ただ、
症状だけを追うのか。
それとも
身体の構造を見ようとするのか。
その違いは
あとになって
少しずつ現れてくるのかもしれない。
そしてそれは、
施術する側だけではなく
受ける側にとっても
考えてみる価値のあることなのだと思う。

