平たくなるということ

商売の基本は、
「相手が欲しいものを提供すること」だと言われます。

私もそう考えて、数年やってきました。

けれど、どこかしっくりこなかったのです。

多くの人の身体を見ていく中で、
ある傾向に気づきました。

我慢を重ねている人ほど、
体調を崩している。

欲しいものに応え続けることが、
必ずしも良い結果につながらない。

そう感じるようになりました。

「相手が欲しいものを提供する」という考え方は、
大きな企業には適しているのかもしれません。

けれど、小さな鍼灸院にとっては、
少し違うように思うのです。

自分が何を大切にしているのか。
どんな施術をしたいのか。

それを軸にすること。

もちろん、
不調や不安を整えることは前提です。

ただ、

「駅から近い」
「価格が安い」
「施術が早い」

そうした条件に応え続けると、
どこにでもある場所になってしまう。

誰がやっても同じ。
違いが見えなくなる。

「〇〇専門」
「美容鍼」
「最新機器」

分かりやすい言葉は増えましたが、
その分、選ぶ側は迷いやすくなっています。

均一であることは、
安心でもあります。

けれど同時に、
個性を失っていく流れでもあります。

テレビで見た海外のグループ。
整った美しさの中で、
違いが分かりにくく感じたことがありました。

それが“世界基準”なのだとしたら、
個性はどこへ向かうのだろう。

そう考えてしまったのです。

求められるものに応え続けることは、
飽きられたときに終わることでもあります。

長く続いてきたものは、
その場のニーズだけで残ってきたわけではありません。

鍼灸も同じです。

奇をてらうのではなく、
当たり前のことを、丁寧に積み重ねる。

その先にしか、残るものはない。

オリンピックを見ていても感じました。

世界に合わせることだけが、
正解ではない。

その土地、その人に合ったやり方がある。

日本には、日本人に合った感性があります。

私は、
その感性に沿った施術をおこなっています。

派手さはないかもしれません。

けれど、
静かに整っていくものを大切にしています。

過去の記録と、いまの思考。

それぞれ別の場所に残しています。

note(記録)
Threads(思考)
Instagram

活動はFacebookに。

必要な時にのぞいてみてください。

目次