私の中には、
三つの視点がある。
ひとつは、
現代医学の論理。
もうひとつは、
積み重ねられてきた経験。
そしてもうひとつは、
触れたときに感じる感覚。
どれかひとつでは、
足りないように思っている。
見えるものだけを信じることにも、
見えないものだけを頼ることにも、
少し距離がある。
全体として、
どう在るか。
そのことの方が、
大切に感じている。
気というものは、
確かにあるのだと思う。
けれど、
それを言葉で説明しようとすると、
どこかでずれていく。
身体の中で起きている、
まだ捉えきれていない動き。
そういうものに、
名前を与えているだけかもしれない。
分かることと、
分からないことがある。
その境界に、
いまも立っている。
東洋医学には、
長い時間の中で積み重ねられた知恵がある。
けれど、
それをそのまま正しいとすることにも、
違和感がある。
人はそれぞれ違う。
環境も、
身体も、
これまでの過程も違う。
だからこそ、
ひとつの考えに寄りすぎると、
どこかで無理が出る。
鍼灸は、
すでに多くの答えを持っている。
同時に、
使い方によって
いくらでも形を変えてしまうものでもある。
そこに思想や信念が強く入りすぎると、
人を縛るものになる。
それを避けたいと思っている。
特別なものにしすぎないこと。
本来は、
もっと静かなものだと思う。
触れることで、
少し変わる。
それくらいの距離感が、
ちょうどいい。
説明はする。
けれど、
押しつけることはしない。
来るかどうかも、
その人に委ねている。
整えるということは、
誰かに決められるものではないからだ。
人生の時間は、
限られている。
その中で、
どう生きるかは、
それぞれに任されている。
こちらができるのは、
その流れを
少し整えることだけだ。
大きく変えようとは思っていない。
ただ、
自然に戻るきっかけになればいい。
鍼灸は、
そのための方法のひとつだと思っている。

