先日、
ピアノの調律師の番組を見た。
音を合わせる仕事。
けれど、
ただ合わせているようには見えなかった。
わずかな違いを、
聴き分けている。
その人の癖や、
これまでの使われ方。
目には見えないものを、
整えているように感じた。
鍼も、
それに近いのかもしれない。
刺すことが目的に見えるが、
実際には、
その前から始まっている。
皮膚の状態は、
いつも同じではない。
その日の体調。
気温や湿度。
緊張や、呼吸。
同じ人でも、
同じ条件になることはない。
触れたときの感覚で、
少しずつ確かめていく。
そのままでは、
受け入れられないこともある。
だから、
いきなりは触れない。
少しずつ、
慣れていく時間がある。
力を抜くこと。
呼吸が変わること。
そうして、
はじめて一手に移る。
何をしたのかは、
ほとんど気づかれない。
けれど、
その積み重ねがなければ、
同じ結果にはならない。
刺すことだけが、
鍼ではない。
見えていない時間もまた、
その一部なのだと思う。

