弱いところから考える

一昨年、
青山で開かれたトークイベントに参加した。


登山についての話だった。


その中で、
ひとつの言葉が残っている。


山に入るときは、
いちばん体力のない人に
ペースを合わせる。


それが、
全体を守ることになる。


強い人に合わせれば、
どこかで無理が出る。


遅れが生まれ、
やがて崩れる。


弱いところに合わせることで、
はじめて全体が動く。


単純なことのようで、
あまり行われていない気がする。


学生の頃、
鍼灸に違和感を持ったことがあった。


原因を探し、
それを取り除く。


間違っているわけではない。


けれど、
どこかで切り分けすぎているように感じた。


必要なものと、
そうでないもの。


良いものと、
悪いもの。


はっきりさせることで、
分かりやすくなる。


その一方で、
こぼれていくものもある。


身体にも、
偏りや弱さはある。


それをなくすのではなく、
どう扱うか。


動かしながら、
整えていく。


そういう見方も、
あるはずだと思った。


社会も、
似ている。


どこかに、
弱い部分がある。


それを切り離すのか、
含めたまま進むのか。


選び方で、
形は変わる。


何が正しいのかは、
簡単には決められない。


立場が変われば、
見え方も変わる。


ただ、
変わらないものもあるように思う。


それは、
扱い方の問題かもしれない。


強さを押し出すのではなく、
弱いところに目を向けること。


整えながら、
共にあること。


高齢の方の話を聞いていると、
そんなことを思う。


多くを語らなくても、
にじむものがある。


正しさではなく、
在り方のようなもの。


それに触れると、
少し静かになる。


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