父と、
商売の話をしたことがある。
私の育った土地は、
農家や漁師が多かった。
戦後、
その仕事をやめて、
商売を始めた人もいる。
けれど、
代々商いをしてきた人たちとは、
どこか違っていた。
愛想がない、
というよりも、
何を大切にすればいいのかを、
知らない。
そういう印象だった。
一方で、
昔から続く店の人たちは違う。
子どもの頃から、
人と向き合う姿を見ている。
言葉の選び方や、
間の取り方。
自然と身についている。
同じ商売でも、
少し質が違うように感じた。
そんな場所で育って、
自分も仕事をするようになった。
だからかもしれない。
「愛想が大切だ」と、
強く思ったことがない。
それよりも、
結果の方に意識が向く。
もちろん、
不快にさせるつもりはない。
けれど、
思ってもいないことを
口にすることもない。
無理に何かを足すと、
どこか歪む気がする。
技術の世界でも、
似たような場面を見ることがある。
人に好かれることと、
技術が積み上がることは、
必ずしも一致しない。
名前や肩書きが先に立つこともある。
けれど、
それだけでは残らない。
鍼灸のように、
形に残らないものはなおさらだと思う。
結局のところ、
人がやる。
同じことをしていても、
結果は同じにならない。
誰から受けるかで、
感じ方も変わる。
うまく説明はできないけれど、
そういうものだと思っている。
だから、
無理に売ろうとは思わない。
目立とうとも思わない。
ただ、
目の前の人に向き合う。
その繰り返しで、
十分なのだと思う。
商売っ気があるかと聞かれれば、
ないのかもしれない。
けれど、
それで困っているわけでもない。
静かなやり方も、
あるのだと思う。

