鍼灸をおこなううえで、
大切にしていることがある。
それは、
「美しいか」「美しくないか」。
つまり、
美というものへの感覚だ。
それは施術だけではなく、
場所にも表れる。
空間が整っていること。
物が溢れていないこと。
静かで、余計なものがないこと。
そういう状態を大切にしている。
施術も同じだと思っている。
多すぎず、
少なすぎないこと。
事足りていること。
鍼は、
細ければよいわけでもなく、
太ければよいわけでもない。
たくさん刺す必要もないし、
珍しい灸をする必要もない。
話を聞き、
脈や舌の様子を見て、
身体の状態を知る。
そして、
必要な分だけ行う。
それだけだ。
以前、作家の
田口ランディさんが
秋田のマタギを取材した記事を読んだことがある。
そこに出てきた言葉が、
ずっと残っている。
「動物は遊ばない」
一瞬、冷たい言葉のようにも聞こえる。
けれど、それは厳しさというより、
生きることへの姿勢を表しているのだと思った。
動物は、
生きることと遊びを分けない。
余計なことをしない。
誇張もしない。
演出もしない。
ただ、その瞬間を生きている。
施術も、
それに近いものだと思っている。
過剰な技術。
派手な手法。
「やっている感」。
そういうものを
足すことはできる。
けれど、
それが本質とは限らない。
身体は、
もともと
過不足のない状態へ
戻ろうとする。
その流れを邪魔せず、
必要なことだけを行う。
動物が余計なことをしないように、
身体も本来、無駄なことはしない。
整っているということは、
派手ではないということだと思う。
静かであること。
音がしないこと。
雪の山のように、
ただそこに在ること。
美しいとは、
削ぎ落とされた状態のことなのかもしれない。
いまの時代は、
何かを足すことが勧められる。
けれど、ときには
何も足さないことにも
意味がある。
施術もまた、
そうありたいと思っている。
何かをしてあげるのではなく、
身体が本来持っている方向に
そっと触れるだけ。
足さない。
盛らない。
誇張しない。
ただ、整える。
その静かな状態の中に、
私は美しさを見る。

