第一線で活躍する人ほど、目に見えないものを大切にしている。
先日は初午だった。
自宅の稲荷様の周りを掃除し、宮司を招いて祈祷を受けるという。
なぜそこまで丁寧にするのか。
売上に直結するわけでもない。
科学的に証明されているわけでもない。
それでもやる。
それは、自分が一人でに何かをしているわけではないと知っているからだ。
冬季オリンピックに出場した選手が語っていた。
「諦めようと思ったとき、チームやコーチ、母に支えられてここまで来られた」
極限の舞台に立つ人間でさえ、
自分の力だけでここまで来たとは言わない。
見えない支えを語る。
観客には見えない時間。
報道されない挫折。
数字に出ない精神の揺らぎ。
一流の人ほど、
自分が流れの上に立っていることを知っている。
だからこそ、
「整える」という思想が必要になる。
身体を整える。
場を整える。
流れを整える。
整えるとは、
不調になってから慌てることではない。
ツキを味方にしたいなら、
都合のいいときだけ祈るのでは足りない。
日々の習慣が、
その人の運の質を決める。
掃除をする。
感謝をする。
身体を労る。
静かな時間を持つ。
思考、行動、人生。
それらは一つの構造体だ。
構造は、放置すれば歪む。
忙しさは思考を乱し、
乱れた思考は行動を誤らせ、
誤った行動は人生の軌道を静かに狂わせる。
整えない人は、
自分が崩れていることにすら気づかない。
そして崩れたあとに、
「運が悪かった」と言う。
運は偶然ではない。
整えている人の構造は強い。
整えていない人の構造は脆い。
違いは才能ではない。
在り方(内的秩序)なのだ。
整えない人は、
やがて構造が崩れるのだ。

