私たちは、なぜこんなにも急いでいるのだろう。
画面は次々に切り替わり、
通知は絶えず鳴り、
刺激は途切れない。
この連続した刺激の中で、
神経は休む時間を持ちにくくなる。
交感神経は優位になり、
身体は常に反応する準備を続ける。
それは意志の問題というより、
環境の構造に近い。
ゆっくり食べる。
ゆっくり見る。
刺激のあいだに、少し間を置く。
こうしたことは、
特別な習慣というわけでもない。
神経にとっては、
ただ「安全だ」という情報になる。
鍼灸の現場にいると、
身体の速度のようなものを感じることがある。
呼吸が浅い人。
眼球の動きが速い人。
言葉や思考の流れが速い人。
身体が急いでいると、
回復の入り口が見えにくくなることがある。
慢性の症状も、
単に長く続いているというより、
長く続いた神経の状態なのかもしれない。
反応の速さが習慣になり、
緊張がほどける機会が少なくなる。
そうすると、
身体の変化に気づきにくくなる。
健康とは、
何も起きない状態というより、
小さな変化に気づける状態なのだと思う。
私は「構造編集」という言葉を使っている。
症状だけを見るのではなく、
身体のあり方を少し整える。
ときには、
速度を落とすこともその一つになる。
鍼を打つとき、
強さよりも「間」を見ることが多い。
刺激と刺激のあいだ。
呼吸のあいだ。
身体がほどけていくまでの時間。
間がある身体は、
静かに回復していくことがある。
社会は速さを求める。
けれど身体は、
速さだけでは整わない。
ゆっくり食べる。
ゆっくり歩く。
何もしない時間をつくる。
それだけのことでも、
身体には少し余白が戻る。
もし疲れているなら、
もう少し速くなるより、
少し速度を落としてみる。
そのくらいのところから、
回復が始まることもある。
いつから私たちは、
こんなに急ぐようになったのだろう。

