朝、ふと立ち寄ったドトールで、
朝食を買いました。
店内に目を向けると、
一人で静かに本を読んでいる方がいる。
その姿に、なぜか目が留まりました。
急いでいるわけでもなく、
時間に追われている様子もない。
ただ、そこにいる。
そのあり方に、
どこか“豊かさ”のようなものを感じました。
時間に追われないということ。
それだけで、
日常は少し静かになります。
けれど現実には、
その静けさは簡単に失われていきます。
身体を崩したとき、
時間の使い方は大きく変わります。
やりたいことよりも、
やらなければならないことが増えていく。
気づけば、余白はなくなっている。
鍼灸の世界では、
「施術」と「治療」は、似ているようで少し違います。
マイナスの状態を、ゼロまで戻すこと。
それには、思っている以上の時間とエネルギーが必要です。
一方で、
ゼロの状態から整えていくことは、ずっと穏やかです。
「喉が渇いてから井戸を掘る」
そんな言葉があります。
不調になってから慌てて整えるのではなく、
まだ余裕のあるうちに、少し手をかけておく。
その選択の積み重ねが、
あとになって大きな差になります。
豊かさは、
必ずしも経済的な余裕だけではありません。
疲れを溜めないこと。
呼吸を深く保つこと。
自分の状態に気づけること。
ほんの少し立ち止まる時間を、
日常の中に持てるかどうか。
それもまた、ひとつの豊かさです。
以前、虎ノ門に鍼灸院を開いたとき、
忙しい社会の中で、
立ち止まるための場所をつくりたいと思っていました。
けれど実際には、
すでに疲れ切ってしまった人や、
不調を抱えた人が多く訪れます。
それでも、いいのだと思っています。
ここに来て、少し休む。
それだけでも、
身体は静かに変わりはじめるからです。
技術や知識は、もちろん大切です。
けれどそれ以上に、
ここが、
少し呼吸を取り戻せる場所であればいい。
身体を労わることは、
人生を労わることでもあります。
立ち止まる時間は、
後から生まれるものではありません。
いま、この瞬間に、
選び取るものです。

