発酵と腐敗のあいだで

千葉に、
「酒は百薬の長」という言葉が、
静かに似合う酒蔵があります。

寺田本家。


けれど、はじめから
そういう酒を造っていたわけではありません。

かつては、
コストを抑えた酒を造り、
それを売る。

ごく当たり前の営みが続いていました。


そんな中で、

23代目当主・寺田啓佐さんは、
強いストレスの中で体を壊します。


腸を壊す。

ご本人の言葉では、
「腸が腐ってしまった」と。


その体験のなかで、
ひとつの問いに辿り着きます。


「発酵すると、腐らない」


発酵とは、
変化していくことです。

時間をかけて、
味や香りを変えながら、
別のものへと移り変わっていく。


同じように変化しても、

人にとって有益なものになれば「発酵」と呼ばれ、
そうでなければ「腐敗」と呼ばれる。


起きていることは、
どちらも“変化”です。

けれど、その先にあるものは、まったく違う。


腐敗は、
どこかで滞りを生みます。

抱え込まれたもの。
流れを失ったもの。

それらが、静かに積み重なっていく。


気づかないうちに、
重さになり、
苦しさになり、
次の問題を引き寄せていく。


一方で、発酵は、

時間をかけながら、
変化を受け入れていく営みです。


すぐに形にならなくても、
すぐに結果が出なくても、

その過程の中で、
少しずつ質が変わっていく。


そこには、どこか余白があります。


人は、糠床の中の胡瓜とは違います。

置かれたまま変わるだけの存在ではなく、
どう在るかを、どこかで選んでいる。


仕事のこと。
家庭のこと。
人との関係。


抱え込めば抱え込むほど、
流れは滞りやすくなります。


そして、
滞りは、また別の滞りを生んでいく。


鍼灸は、
その流れに触れる手段のひとつだと思っています。


滞っていたものが、
少しだけ動き出す。

それだけで、
見えている景色が変わることがあります。


「このままでいい」

そう思うことも、ひとつの在り方です。


けれど、

発酵するように生きる、という選択もある。


時間の中で、
変わり続けていくことを受け入れる。


腐るか、熟すか。


どちらも、同じ“変化”の中にあります。


だからこそ、

どちらへ向かうのかを、
ときどき立ち止まって考えてみる。


それだけでも、
流れは少し変わるのかもしれません。

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