見えないものをみる

これまで20年、

さまざまな症状の方と向き合ってきました。

 

不妊症、股関節痛、坐骨神経痛。
逆流性食道炎、歯の痛み。

 

パニック障害、ヒステリー球、顔面神経麻痺。

 

 

その中で、

特に多いのが

 

「検査では異常が見つからない症状」です。

 

 

ある女性は、

後頭部で

「シュー、シュー」と

音が鳴り続けていました。

 

2年前から。

 

 

仕事に集中しているときは気にならない。

 

けれど、

ふと力が抜けたときに現れる。

 

 

大学病院で検査をしても、

原因は分かりませんでした。

 

 

こうして、

「異常なし」と言われて

来院される方は少なくありません。

 

 

話を伺っていく中で、

ひとつの出来事が浮かび上がってきました。

 

 

娘さんの、大きな病気。

 

 

その方は、

何も言いませんでしたが、

 

長い時間をかけて、

静かに自分を責めていました。

 

 

 

別の方は、

蕁麻疹を繰り返していました。

 

 

検査では異常はなく、

薬も効いたり効かなかったり。

 

 

ある時、

ぽつりと話してくれたのは、

 

幼い頃の記憶でした。

 

 

「新しい家族ができたから、もう会えない」

 

 

その言葉が、

ずっと身体のどこかに残っていたのかもしれません。

 

 

 

原因があるとは限りません。

 

けれど、

無関係とも言い切れない。

 

 

人は、

関係の中で生きています。

 

 

身体の外で起きたことが、

内側に残り続けることがあります。

 

 

 

触れられるものと、

触れられないもの。

 

 

説明できるものと、

説明できないもの。

 

 

 

私は、

すべてを分かろうとはしません。

 

 

ただ、

そこにあるものを、

そのまま見ていきます。

 

 

沈黙や、

言葉にならない違和感。

 

 

ふとした間や、

視線の揺れ。

 

 

 

そういったものの中に、

身体の声が現れることがあります。

 

 

 

治すために来る人もいれば、

 

何かを確かめるように来る人もいます。

 

 

 

私は、

病気をみることをやめました。

 

 

目の前の人をみる。

 

 

それだけです。

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