鍼灸院を開院してから10年以上、私は病気と向き合ってきた。
その中で感じたのは、多くの人が「健康になりたい」と願いながらも、実際には病気を治すことを目的とした医療の中で生きているということだった。
日本の医療は、病気になってから治療を行う「対症療法」を中心に成り立っている。
診療、検査、処方など、行われた医療行為に対して点数が加算され、それが医療機関の収益となる出来高払い制度である。
もちろん、この制度によって多くの命が救われてきたことは事実であり、急性期医療や救急医療において欠かせない仕組みである。
しかし、本来目指すべきことは、病気になってから治すことではなく、病気になりにくい身体と生活を育てることではないだろうか。
世界では、「治す医療」から「防ぐ医療」への転換が進められている。
その中心にあるのは、食事、運動、睡眠、ストレス管理など、生活習慣そのものを見直す予防の考え方である。
この30年間、人間の遺伝子は大きく変わっていない。それにもかかわらず、がんや糖尿病をはじめとする生活習慣病は増え続けている。
病気の原因は遺伝だけではなく、私たちの暮らし方そのものにもあるのではないか。
私は、鍼灸で病気が治るとは考えていない。
鍼灸は病気を直接治すものではない。身体が本来持っている回復する力が働きやすい環境を整え、その結果として身体や生活が変化し、病気の改善へとつながることはある。
治すのは鍼ではない。人間の身体そのものだ。
だから私は、「病気を治す」という考え方から降りた。
目指したいのは、症状を取り除くことではなく、一人ひとりがより良く生きるための自己実現を支えることである。
これまで私は、地域医療について真剣に考えてきた。
医師や介護事業所、ケアマネジャーなど、多職種との連携も模索してきた。地域連携を目的とした勉強会にも何度も参加した。
もちろん、食事や酒を交えた時間が人間関係を築く上で意味を持つことは理解している。
しかし、次第に学びよりも懇親そのものが目的となり、本来の地域課題について議論されることは少なかった。
さらに、仕事を紹介してもらう立場の事業者は、どうしても相手に気を遣い、関係性を優先せざるを得ない。
そこには、対等な専門職同士の連携ではなく、「仕事を出す側」と「仕事を受ける側」という構造が生まれていた。私は、その構造そのものに違和感を覚えた。
その背景には、保険制度も少なからず影響しているように思う。
患者は毎月来院し、保険によって収益が成り立つ。現状を大きく変えなくても事業は回る。その仕組みの中では、新しい連携を生み出す動機は生まれにくい。
鍼灸マッサージ師と連携したとしても、多くの場合、医療機関や事業所に直接的な利益は生まれない。だから連携は後回しになる。
しかし、人々が求めているのは、そんな損得勘定ではない。
本当に求めているのは、自分や家族が安心して暮らせる地域であり、人生がより良くなるサービスである。
仕事を回すための連携では、人は救えない。地域医療とは、地域住民の利益を第一に考えることであり、事業者同士の利益を守ることではない。
社会をより良くしようとする志は、いつの時代も簡単には受け入れられない。既存の仕組みによって恩恵を受けている人ほど、変化を拒むのは自然なことである。だから変革には時間がかかる。
それでも、未来のために行動する人は必要だ。
日本には今なお、上下関係を前提とした価値観が色濃く残っているように感じている。
専門家が教え、患者は従う。制度が決め、利用者は受け入れる。
しかし、これからの医療は違う。医療者が健康を与える時代ではない。
一人ひとりが主体となり、自ら健康を考え、自ら選択し、自ら行動する時代である。医療者は、その伴走者であればよい。
だからこそ、私たち専門職もまた、その上下関係や「指示を待つ側」という構造から自立しなければならない。単に指示された治療をこなすサービス業として扱われるのではなく、専門性を磨き、本当に困っている人へ自ら行動を起こす。地域課題を見つけ、地域へ出ていく。社会に必要とされる仕事を、自ら創り出していく。
それが、これからの専門職に求められる役割だと私は考えている。
私は、この考えのもと、現在は治療院という枠にとどまらず、一人ひとりの身体や人生と向き合う活動を行っている。
既存の治療院の枠や、保険制度の仕組みの中にいるままでは、どうしても「病気を治す場所」という役割から抜け出すことができない。上下関係の医療から脱却し、専門職が自立して人と伴走するためには、今ある枠組みの外に、まったく新しい場所が必要だった。
だから私は、あえてその枠から一歩外へ出て、自らその場所を作った。
私が作ろうとしているのは、これまでの「医療」の枠に収まるものではない。かといって、何かに救いを求める「宗教」でもない。
ただ、心と身体を整え、誰もが本来の自分に還るための場所。
病気を診るのではなく、人を診る。
治療を提供するのではなく、その人がより良く生きるための土台を整える。
私が目指しているのは、「病気を治す医療」ではない。
人が本来の自分に還り、より良く生きるための、その先にある営みである。

