農家だった祖父は、
仕事がひと段落する頃になると、同じ農協の仲間たちと骨休めに関東の湯治宿へ出かけていました。
あの頃の私は、「温泉」や「養生」という言葉の意味を知りませんでした。
けれどこの仕事に就いてから、温泉という存在に強く惹かれるようになりました。
今回、作家・坂口恭平さんのコラム『湯治宿を作る』を読み、
医師であり作家でもある稲葉俊郎先生とのやり取りが印象に残りました。
それは、こんな問いかけから始まります。
「病院からも見放されてしまった今、誰かに治してもらおうとするのではなく、
自分で治すことを試してみては?」
この一言に、湯治の本質があるように感じました。
温泉に浸かり、体を整える文化は、日本では太古の昔から続いています。
秋田の玉川温泉、青森の酸ヶ湯温泉などは代表的な湯治場です。
なぜ人は湯治に向かうのでしょうか。
それは、
「医師に治してもらう」という受け身の姿勢ではなく、
「自らの力で整えていく」という主体的な姿勢に立つためではないでしょうか。
西洋医学と東洋医学の違いを、私はこう捉えています。
西洋医学:病気を治せば元気になる
東洋医学:元気になれば病気は治る
一見、似ているように見えますが、視点はまったく異なります。
西洋医学は、体を戦いの場として捉え、
病を敵とみなし、排除する対象とします。
一方、東洋医学は体と心を「調和の場」として捉えます。
目指すのは、全体性の回復です。
病気はどこで起こるのか。
病気はなぜ起こるのか。
それは「からだ」だけの問題ではありません。
「からだ」
「いのち」
「こころ」
その不調和の中で起こります。
私はこれまで多くの方を診てきましたが、
病気が治っても、幸せそうでない方をたくさん見てきました。
闘病のストレス、再発への不安、金銭的な悩み。
それらが心を蝕んでいるのです。
一方で、数値上は病気を抱えながらも、
穏やかに、幸せそうに暮らしている方もいらっしゃいます。
私が思うのは、
「病気を治すこと」以上に大切なのは、
病気になりにくい状態を保つこと だということです。
健康寿命を大切にすること。
なぜなら、時間は平等であり、
お金で買うことはできないからです。
だからこそ、
ご自身の健康を大切にしてください。
そして、楽しく生きてください。
そのために、東洋医学の思想や哲学を、
日常の中に少し取り入れてみてください。
誰かに治してもらうのではなく、
自ら整え、自ら治る力を信じる。
湯治とは、
その姿勢を思い出させてくれる文化なのかもしれません。

