健康には、待つ強さがいる

― 自分という器で、人生を受け取るために ―

身体は機械ではない。

これを食べれば変わる。

これをすれば治る。

ここを刺激すれば良くなる。

そんな答えを求め続けると、私たちは結果を急ぐようになる。

変化がなければ不安になり、また別の答えを探す。

違う健康法を試す。

違う治療を受ける。

また新しい情報を探す。

けれど、身体の変化には時間が必要なことがある。

だから必要なのは、

待つ強さ

なのだと思う。

結果を急がない。

そのときの感情だけで動かない。

今日の自分を観察しながら、小さなことを続ける。

ただし、それを我慢だけで続けようとすると、いつか苦しくなる。

我慢には限界があるからだ。

健康のために、

毎日これをしなければならない。

これを食べてはいけない。

運動をしなければならない。

何時には眠らなければならない。

そんなふうに自分を管理し続けることが、本当に健康なのだろうか。

私はそうは思わない。

大切なのは、自分を知ることだ。

どれくらい眠れば調子がいいのか。

どんな食事が自分には合うのか。

どれくらいの運動なら心地よいのか。

どんなときに身体が緊張するのか。

誰といると穏やかでいられるのか。

どんな暮らしをすると、自分は静かでいられるのか。

それが分かってくると、健康のために何かを「頑張る」ことが少なくなる。

自分に必要なものを選び、

必要のないものを減らすようになる。

それが繰り返され、いつしか習慣になる。

努力して習慣をつくるのではない。
自分を知ることで、習慣が残っていく。

私は、この違いは大きいと思っている。

人生には、自分では決められないことがある。

いつ、誰と出会うのか。

どんな仕事が巡ってくるのか。

どんな機会が訪れるのか。

それをすべて自分で選ぶことはできない。

運は、運ばれてくる。

いつ、どこから運ばれてくるのかは分からない。

ただ、そのとき、

それを受け取れる自分であるかどうか。

身体を壊していれば、せっかくの機会が来ても動けないことがある。

心が荒れていれば、大切な縁を見落とすかもしれない。

結果を急いでいれば、まだ育っていないものを自分から手放してしまうこともある。

だから、日頃から自分という器を手入れしておく。

眠る。

食べる。

動く。

休む。

人と触れ合う。

一人になる。

必要なら、専門家の力を借りる。

そして、自分の小さな変化を見ておく。

それは、病気にならないためだけではない。

自分の人生に運ばれてきたものを、受け取れる自分でいるためでもある。

人は老いていく。

いつか身体は衰え、最後には死ぬ。

それを止めることはできない。

だから、若返ろうとしなくていい。

時間に逆らうのではなく、

時間とともに変わっていく自分を知り、

必要な手入れをしながら生きていく。

健康とは、正しい答えをたくさん持っていることではない。

病気にならないことだけでもない。

自分の変化に気づくこと。

自分に問いを持つこと。

必要なときには誰かの力を借りること。

急がず、待つこと。

そして、

自分という器を手入れしながら生きること。

私は、それくらいがちょうどいいのだと思う。

過去の記録と、いまの思考。

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必要な時にのぞいてみてください。

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