〇〇家と〇〇好きの違いは何か?

雑誌を読んでいたとき、
美術批評家・村上由鶴さんの記事が目に留まりました。

テーマは
「写真家」と写真好きの違いは何ですか?

現代は、誰でも写真を撮れる時代です。
赤ちゃんでも、もしかしたら猿でも、シャッターを押すことはできる。

スマートフォンや高性能カメラの普及により、
撮影技術はYouTubeで学べる。
副業にしている人も少なくありません。

では、写真家と写真好きの違いは何でしょうか。


村上さんはこう説明します。

写真家とは、単に写真を撮る人ではない。
「写真とは何か」を深く問い続け、
写真“について”考え、その思考を作品として提示する人である、と。

たとえカメラを使っていなくても、
見た目が彫刻や絵画のようであっても、
そこに写真というメディアへの問いがあるならば、その人は写真家だというのです。

つまり、違いは技術や道具ではない。
思考の深さと姿勢にある。


この話を読んだとき、私は別の出来事を思い出しました。

ある整体師が言っていました。

「俺は無資格だけど指名が多い。有資格者より上手い」

その言葉に、違和感を覚えました。

それは、
芸人とYouTuberはどちらが面白いか、
という議論に似ています。

人気や再生数と、職能の本質は同じではない。


「料理人」と「料理好き」も同じです。

美味しければいい。
映えればいい。
希少な食材を使えばいい。

それも一つの価値でしょう。

しかし、プロは
素材の背景、火入れの意味、皿の構成、
そしてその一皿が何を語るのかまで考えます。

プロは“結果”だけでなく、
プロセスと思想を持っている。


では、
「鍼灸師」と「鍼灸好き」の違いは何でしょうか。

鍼を刺すこと。
灸を据えること。

それだけで、はり師・きゅう師と呼べるのでしょうか。

先日、あるクライアントが
「以前通っていた鍼灸院では、しっかり施術してもらえなかった」と話していました。

浅く刺されることへの違和感。
話を聞くと、専門的判断というより
“怖さ”からくるリスク回避のようでした。

もちろん浅鍼という技法はあります。
しかしそれは理論と意図があって成立するもの。

おっかなびっくり刺すこととは違います。


私はなぜ、ツボ紹介ばかりをしないのか。

なぜこのような文章を書くのか。

それは、
「皆がしていること」をすることで
それが鍼灸師の“普通”になることが嫌だからです。

整体師も、ヨガインストラクターも、
薬膳を学ぶ人も、足裏健康法の人も、
同じような発信をしている。

その中に埋もれたくないのではなく、
鍼灸という仕事の解像度を下げたくないのです。


プロとアマチュアの違いは、
単なる技術差ではありません。

取り組み方。
姿勢。
問い続ける深さ。

そこに決定的な差がある。


私は
ARTS & SCIENCE & CRAFT
という考えをもって鍼灸をしています。

藝術としての感性。
科学としての検証。
伝統と伝承としての技。

この三位一体でなければ、
鍼灸は単純作業になってしまう。

私はそれを望みません。

プロの鍼灸師として仕事をし、
その姿勢で評価されたいと思っています。


あなたはどのような施術者から
施術を受けたいですか?

技術を“使う”人か。
技術を“問い続ける”人か。

〇〇家と〇〇好きの違いは、
そこにあるのかもしれません。

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