広がらないことについて

ある投稿で、
「なぜ鍼灸は広がらないのか」という議論を見かけた。

入り口が少ない。
説明が難しい。
発信が弱い。
価格の伝え方が悪い。

どれも、間違ってはいないと思う。

けれど読んでいて、
少しだけ違和感が残った。

それは、
“広げること”が前提になっていることだ。

広げようとすると、
分かりやすくする必要が出てくる。

分かりやすくすると、
尖った部分は削られていく。

個性は丸くなり、
思想は柔らかくなり、
誰にでも届く言葉へと整えられる。

その結果、
似たような院が増えていく。

似たような言葉が並び、
似たような患者が集まる。

もちろん、
広がることが悪いわけではない。

ただ、
広がることが目的になったとき、
鍼灸はどこか「商品」に近づく。

本来、鍼灸は
もう少し静かな営みのようにも思う。

誰にでも合うものではない。

合う人には深く届く。
合わない人には、あまり響かない。

それでもいいのではないだろうか。

皆が同じである必要はない。

同じ価格帯。
同じ説明。
同じSNSの使い方。
同じ「分かりやすさ」。

それは多様性というより、
どこか均質に近い。

多様性とは、
やり方が違っていても、
思想が違っていても、
それぞれが存在できることだと思う。

私は、
広げたいとはあまり思っていない。

ただ、
もう少し深くしたいとは思っている。

広く浅くよりも、
狭くても深く。

似た患者が増えるより、
共鳴する人が残る。

そのほうが、
自然な気がしている。

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