ある名人の言葉を思い出す。
スポーツの現場で
選手のサポートをしていた人の話だ。
その場で処置をして
動けるようにすると、
選手はまた試合に出る。
そして、
さらに大きな怪我をしてしまうことがある。
だから彼は、
現場を離れたという。
この話は、
ずっと心に残っている。
私たちは、
「治すこと」を善だと思いがちだ。
痛みが引く。
動けるようになる。
パフォーマンスが戻る。
それは確かに
分かりやすい成果だと思う。
けれど、それが
その人の未来にとって
本当に良いかどうかは別の話だ。
身体が出す痛みは、
単なる不具合ではないことがある。
限界のサインであり、
構造の破綻の予兆であり、
「少し止まってほしい」という
合図なのかもしれない。
その合図を
ただ消してしまうことが、
いつも正しいとは限らない。
私は日頃から、
そんなことを考えている。
早く良くなることは、
必ずしも良いとは限らない。
その場で楽になることと、
長く健やかでいられることは違う。
今、動けることと、
動かしていい状態であることも違う。
治療家は、
目の前の結果だけを
見てはいけないのだと思う。
その人の
これから流れていく時間に
関わる仕事だからだ。
痛みを取ることよりも、
痛みが戻らない設計を考えること。
動かすことよりも、
動かしていいかを見極めること。
治せるかどうかよりも、
治していいかどうか。
ときどき、
そんな問いを
自分に向けている。

