はじめて鍼灸を受ける方が来たとき。
私は、
まだ何も話していない段階から、
すでに多くの情報を受け取っています。
遅刻をするか、しないか。
チャイムを鳴らすか、鳴らさないか。
ドアを開けたときに挨拶をするか。
その声の大きさはどうか。
こうした一つひとつの行動には、
その人の「緊張感」や「対人姿勢」が現れます。
カルテの書き方も同じです。
文字の大きさや丁寧さ、
どこまで書くのか。
そこには、
不安や几帳面さ、
あるいは関心の向き方が表れます。
例えば、
ある方が肩こりを訴えて来院したとします。
予約時間の5分前に到着し、
「少し早く着いてしまいました」と一言添える。
靴を揃え、
荷物を丁寧に持ち、
カルテも細かく記入する。
一方で、
遅刻をし、
挨拶もなく、
靴は乱れ、
カルテも簡素に書く方もいます。
同じ「肩こり」でも、
この二人が同じ状態であるとは考えません。
前者は、
他者への配慮が強く、
不安傾向や完璧主義の可能性がある。
後者は、
外へ向かうエネルギーが強く、
別の負荷のかかり方をしているかもしれない。
東洋医学では、
これを「虚」と「実」として捉えることもあります。
ただし、
ここで決めつけることはしません。
あくまで仮説です。
実際には、
ふとした瞬間に違う側面が現れることもあります。
だからこそ、
身体そのものを確認します。
腹診や脈診。
触れたときの反応。
そこで、
「今の状態」が見えてきます。
さらに、
いくつかの質問を重ねます。
いつからか。
どこが。
どのように。
どの程度。
どんなときに悪化し、
どんなときに軽くなるのか。
そして、
生活の話も聞きます。
食事。
嗜好品。
運動。
例えば、
コーヒーをよく飲むのか。
甘いものを欲するのか。
運動の強度はどうか。
それらはすべて、
身体の状態と無関係ではありません。
過去の怪我や手術、
メンタルの変化、
環境や習慣。
それらを一つずつ重ねながら、
この肩こりが何によって起きているのかを考えます。
筋肉の問題なのか。
内臓の影響なのか。
冷えなのか。
あるいは、
もっと別の背景があるのか。
そして、
施術の方法を選びます。
仰向けか、
うつ伏せか、
横向きか。
鍼の太さや本数、
時間や刺激量。
そのすべてを、
その人に合わせて変えていきます。
私はこれらを、
できるだけ自然な流れの中で行います。
表に出さず、
察知されないように、
しかし確実に情報を集めていく。
頭の中では、
常にいくつもの仮説が並び、
それを更新しながら施術を進めています。
決まった型に当てはめることはありません。
ただし、
ベースはあります。
その上で、
毎回違うものとして向き合う。
それが臨床だと思っています。

