先日、
肩こりを訴える方が来院した。
「ずっと気になっている」と言う。
けれど、
話を聞いていくと、
そうでもない。
どうやら、
通い始めたエステで言われたらしい。
結婚式の準備で、
エステとジムに通っている。
その中で、
「肩が凝っていますね」と言われた。
触れてみると、
強い痛みはない。
いわゆる、
痛気持ちいい程度。
肩こりとは、
少し違う。
なぜ、そう言われたのか。
おそらく、
特別な意味はない。
「今日はいい天気ですね」
と同じようなもの。
あるいは、
場をつなぐための言葉。
「肩が上がっていますね」
とも言われたそうだ。
話を聞くと、
上半身のトレーニングを増やしていた。
それなら、
少し位置が変わるのも自然なことだと思う。
見立てとしては、
ずれている。
こういうことは、
珍しくない。
専門家に言われると、
それが正しいように感じてしまう。
けれど、
言葉はとても軽い。
言った側は、
すぐに忘れてしまう。
残るのは、
受け取った側の感覚だけ。
同じ言葉が、
次の人にも向けられる。
繰り返されていく。
先日、
お灸の話をしたときもそうだった。
「そこは触らない方がいいと聞いたことがある」
そうなると、
日常の動きさえ制限されてしまう。
根拠のない情報でも、
一度入り込むと強い。
誰の言葉を信じるのか。
それは、
簡単には決められない。
だからこそ、
見きわめる必要があるのだと思う。
正しさを外に求めすぎると、
判断は鈍くなる。
かといって、
感覚だけでも偏る。
そのあいだで、
少し立ち止まる。
自分の身体がどう感じているのか。
違和感はないか。
それを確かめること。
特別なことではない。
ただ、
忘れやすいだけだと思う。
誰かの何気ない一言で、
自分の状態が決まってしまうことがある。
けれど本来、
それはもっと静かなもののはずだ。
他人の言葉に引っ張られすぎないこと。
そして、
自分の感覚を手放さないこと。
それだけで、
見え方は少し変わる。

