お世話になっている先生がThreadsで「本来の鍼灸医学は皇帝や一部の有力一族の為のものでものであって、庶民には本当に効くツボは秘密にされてきた・・・」と紹介されていました。
そのことで思うことがあり文章を打ちます。
先日の往診先で診た方に施術をおこなった際、大学での専攻を質問をしたのですが、専攻はジャーナリズムとのこと。
そんな彼女がずっと鍼灸を受けてみたくてInstagramを検索しているけれど、どこも怪しくて信用できなかったというのです。
「何か宗教臭がするし、言葉選びが胡散臭い」。私に施術を依頼した理由は、上司の幼馴染だったという点。そのことで安心して依頼したそうです。
「先生のような鍼灸師はいるんですか?」
よく考えてみるとこのような質問は多いものです。
鍼灸が医師だけでなく一般の方にも不審がられる理由がよく分かります。
過去に勉強会の参加者から真柳誠先生と承淡安について紹介されて記事を読み、『針灸の歴史』『漢方の歴史』『養生』について調べました。これらを簡易的に調べ、読んだとしても、SNS上で紹介されている情報が間違いだらけであることが分かります。
ただ受ける側はわかりません。
SNSにより情報量はさらに増え、誤った情報も拡散されています。いったい何が本当で何が嘘なのか。
知り合いの鍼灸師が「私がみつけた秘密のツボ」と大げさなことを言っていましたが、患者さんからしたら神様のように見えてしまうかもしれません。こうして鍼灸師が自身を神格化していく時点で鍼灸そのものの発展性は失われますし、この部分が鍼灸師にとってビジネスに繋がるのだと思います。
日本人は宗教が身近であり、鍼灸マッサージが宗教と親和性が高いため、病気を患っている時には支配関係が生じやすいように思えます。ですから術者はそのことを自覚して自制するべきであり、正しい情報を発信するべきです。
ある時に「SNSがそのような人を増やしたのか?」という投稿を目にしたのですが、それまで社会はそういった人を判断出来たとのこと。しかしSNSの普及によりそれらが拡散された。
ですからこの時代では何を信じて良いかという判断は難しいですよね。
ただ、どの時代においてもそれは自身の判断でしかありません。
そのためには自分の中心軸をもつことだと思います。
ある鍼灸のプラットフォームは金額により上位表示され、資本力により関係性が築かれて特別なポジションが確保されます。本来あるものに価値がなく、本来ないものに価値がうまれる社会。
そのことをきちんと見る目を養いたいものです。