いま、目の前の墨汁が入ったグラスがあります。
それを隣のグラスに移し替えたとします。
映し終えたら、さらにその隣にあるグラスに移し替えます。
これは何の話かというと、子供の頃に親から受けた身体的・心理的なダメージは次の代へと継がれていくということです。
いったいどうしたら薄めることができるのか。
日本は儒教的な考えが根強く残っているため、家庭内の序列が強く重んじられています。
そして親自身も支配することが愛情であると思い込みやすいです。
なぜ、今回このような記事を書こうと思ったかというと、患者さんの不調の多くは疾患ではなく病であることが多いからです。
つまり、「打撲した」「骨折した」「脱臼した」ということではなく、「突発性難聴になった」「パニック障害になった」「起立性調節障害になった」ということの背景には幼少期からの親との関わりが大きいということが感じ取れるからです。
例えば、過干渉、過度な批判や否定、条件付きの愛情、プライバシーが尊重されない、感情の支配といったものがあり、それらは「自己肯定感の低下」「他人との関係づくりが難しい」「過剰な罪悪感や自己否定」「将来の選択や行動に強い不安」が生じます。
そうしてしまう親もまた同じように親から受けてきたため世代間連鎖があるのです。
当院では家族での来院も多く、祖父母、両親(当人)、子供というように3世代に対して施術をおこなうことがあるので、その人たちの言動を見聞きしていると病気と関係していることがよく分かります。
ある人は妹が生まれてから母が精神疾患を患ったためヤングケアラーになった。
ある人は父が自由奔放な人で学校に行かず振り回されてきた。
ある人は母を病気で亡くし、後妻さんに育ててもらった。
これらは1つの情報に過ぎず、だからといって穏やかに暮らしている人もいるわけです。
ただし、感受性などを加味して考えると平然な顔をしているから大丈夫ということはなく、心で生じた苦しみや葛藤というものは消えるものではありません。
それが身体に反応として現れるわけです。
しかし、内科や外科でそれを診るわけはありません。
これらの経験がなくても、親から「努力・根性・成果」を要求されてきた人は努力することが当たり前になりますし、「逃げるな」と教えられてきた人は逃げれなくなります。
患者さんと話していると、そういったことが頻繁にあります。
そして当人は気づいていません。
その箱を無理に開ける必要はないけれど、それが本当に正しいことだと思い込んでいるから苦しんでいるのであって、自分のやりたいようにやったら病気はどこかへ行ってしまう。
そんなことに触れることが毎日です。
私はスピリチュアルに興味はありませんが、物質(肉体)だけで全てのことが分かるとは思わないですし、鍼灸をおこなって全てから解放されるとは到底思えません。
同様に精神(心理)だけで全てがクリアになるとは思えません。
そのためには施術者の意識ではなく、患者自分の意識による行動が必要不可欠であると認識しています。
このことで何かを責めるということではなく、次の行動として具体的に考えるきっかけになったらと思います。
あなたはもっと自由であって良いと思うのです。
私は鍼と灸を使ってそういった苦しみを救いたいと思っているわけではなく、それらによって少しでも心と体が軽くなって欲しいです。
これまでのような支配をすることもありませんから、自分で考える、選択するということに不安が生じるかもしれません。
しかし、それを見守りますし、何かのきっかけになればと思います。
「治す」という一方通行の方法ではなく、「治る」ための行動を一緒に考えていきましょう。