鍼灸というものを、
どのようなものだと思われているでしょうか。
一般的には、
「物理療法の一つ」と説明されることが多いと思います。
もちろん、それも間違いではありません。
けれど私は、
その言葉だけでは
鍼灸を十分に表せないように感じています。
道具というものは、
それ自体に善悪があるわけではありません。
たとえば包丁。
料理をつくり、
人を生かすこともできる。
けれど使い方を誤れば、
人を傷つけることもあります。
道具にあるのは、
使い手の思想だけです。
鍼灸も同じだと思っています。
鍼を多く刺す施術は、
見た目にも分かりやすく、
「効きそうだ」と感じるかもしれません。
けれど、
刺激という観点から考えると
少し違った景色も見えてきます。
刺激は身体に影響を与えます。
小さな波はやがて広がり、
身体全体へと伝わっていきます。
ほんのわずかな刺激でも、
身体の中では
大きな変化につながることがあります。
だからこそ、
刺激は強ければ良いというものではありません。
強い刺激は、
確かに変化を起こします。
けれど、その変化が
必ずしも整う方向に向かうとは限らない。
私はそう考えています。
鍼という道具は、
何かを「加える」ためのものではない。
むしろ、
通すための道具なのだと思っています。
滞っているものを通し、
過剰なものを引く。
そうして身体が
本来の状態へ戻ろうとする流れを
少しだけ整える。
私は「引く」という感覚を
大切にしています。
強引さは必要ありません。
過度な刺激も必要ありません。
整える程度でいい。
以前、
鍼灸に深く傾倒していた医師の
施術を見たことがあります。
鍼をねじ込むように刺す姿が
印象に残っています。
とても正確でした。
けれど、
どこか美しくないと感じました。
鍼灸には
美学があるのではないかと思っています。
余計なことをしないこと。
足すのではなく、
削ぎ落としていくこと。
強めるのではなく、
整えていくこと。
丁度よいところで
手を止めること。
身体は本来、
自分で整う力を持っています。
鍼灸とは、
その働きを少しだけ
手伝うものなのかもしれません。

