小さな幸せ

雨の中、ゴミ拾いをしている人をみかけました。

サッカーワールドカップではゴミ拾いをする日本人サポーターを目にしますが、日常となると少し変わってきます。

さて、昨日は厚生局の帰りに千葉市卸売市場へ立ち寄りました。

色々とお店がある中で選んだのは『喫茶モーニング』。

店内には近隣の会社員の方たちがランチを食べて、コーヒーを飲んでいます。

物価があがり米価格も高騰しているのに金額は控えめ。厨房にお父さんとお母さん、ホールにパートの女性がひとり。

食事も丁寧で手が込んでいて、ミネストローネスープの野菜は口の中で溶けてしまいます。器も市場の飲食店で使うようなものではありませんでした。

経営努力をしての金額だと思いますが、頭が下がる思いと同時に、このような人たちがいるから支えられているのだと思ったのです。

昨今、個人主義による影響を感じており、他人よりも自分、また攻撃的なものを目にする機会があります。

それは人だけではなく、目で訴える広告しかり、音なども同様なことがいえます。

もちろん、それを含めての多様性なのでしょうが、過度な主張により奪われてしまう尊厳に対して目を見張るものがあるため個人的には嫌です。

ただ、ゴミ拾いをしている人、モーニングのオーナーしかり、私達の日常はこのようにして支えられていると感じました。

このような義理や人情というと煙たがられる時代ですが、国民は皆一度は『男はつらいよ』を観るべきだと思っています。

この時代に必要なものは『男はつらいよ』に全部含まれているといっても過言ではありません。

甥の満男が叔父の寅次郎に「おじさん、人間てさ…、人間は何のために生きてんのかな」。と問うのです。

寅さんはこう答えます。

「何ていうかな、ほら、あぁ生まれてきて良かったなぁってことが何遍かあるじゃない、そのために人間生きてるんじゃないか?」。

昨日、カウンターでミネストローネを食べながら厨房を見ていてそんなことを思いました。

あぁ、美味しいなぁ。

幸せだ。

一生懸命作って食べさせてくれてありがたいなぁ。

こうして私達は社会と密接に関わり合っているんだと思うと幸せな気持ちになりました。

これまで個人主義で走り続けたのに、いまは不思議と幸せの尺度が変わっています。

何のために生きてるか。

その答えは人により異なるのでしょうが、「幸せになるため」という背景にある自利を少し角度を変えたら社会は少しずつ変わるのでしょうね。

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