人間と機械との差は何かを考える。
例えば、患者さんがカルテの質問事項に〇をつけていくと、ある程度の診断ができるとしますよね。
しかし、それだと本当の意味をくみ取れないわけです。
「青魚は好きですか?」
という問いがあったとして、〇をつけたとします。
けど実際は鯖が苦手。
その理由はアレルギーであったり、過去にアニサキスにあたっていたり。
しかし、ビックデータというものは、あくまでもその手前までしかたどり着かない。
「いや、鯖以外の青魚を食べられるのだから、青魚は好きで良いですよね?」といった具合になるわけです。
それはとても合理的なのだけれど、そこからこぼれてしまう人が少なからず必ず出てしまうのです。
けれどそこを分析して推察して考えるということが人間にはできる。
ただ、人間は感情があるために偏りも生じてきます。
だから時に主観的にではなく客観的にみます。
先日、お父さんを亡くした方を診たときも人間だからできることがあると思いました。
寄り添うということ、言葉がなくとも安心を与えることは人間だから出来ることなのだろうと。
上手くいえないのですが、人間は無機質ではないけれど、データなどの合理性だけを先行してしまうと無機質になってしまいます。
でも感情だけが先行してしまうと想像の範囲になってしまう。
これを判断でき、行動に移すことが出来るというのが人間なのでしょう。
そんな気がします。