単純な理屈で考えることに対する違和感

社会経営思想家で著作家の山口周さんがこんなことを言っていました。

心理学的センスのない人の特徴を挙げるとすれば、それは「人間を単純な理屈で捉えすぎる」ということです。

こういう人は「理屈で考えれば、他人はこう動くはずだ」と考えて、コンテキストを理解・操作しようとしますが、人は理屈では動かないので、常に理解は的外れなものになり、操作は空振りします。

私が中医学や現代医学に対して疑問を抱いている理由はこの部分にあります。

つまり、人間は複雑であって、その瞬間を切り取ったからといって単純な答えが出るわけではありません。

それを理解したと思って、理解したふりをしても実際には的外れだったりします。

だから私は物事を分かったふりをするということをしたくありません。

なぜならほとんどのことは分からないからです。

そのことについて『タモリ論』の著者である樋口毅宏さんが、本の中で漫画『人間交差点』のセリフで引用していました。

「海について知るものは賢者だが、海について語るものは馬鹿だ」

世の中の多くは分からない事であり、だからこそ知りたいと思っています。

そのために目や口や耳があって知ろうと努力するわけです。

しかし、調べもせず、さも知っているようにふるまう。

なぜこのようにふるまうのか?

それは、人を操って自分の利益を優先するから。

つまり、罪悪感が乏しく、自己中心的な価値観をもっており、短期的な利益志向といえます。

そういう人は数字をもちいります。

根拠のない正確さ、統計の切り取り、桁をぼやかす、確定情報のように断定する、数字により権威をもつ。

コロナ禍においては、連日メディアを騒がせていたのはこのような人々だったと思います。

ですから「自分で考える」という習慣を身につけてください。

「どうやったら上手くいくか」「どうやっていつも失敗しているか」というのは自分の判断でおこなうのです。

私は人間はとても単純だと思っています。

私は人間はとても複雑だと思っています。

だからこそ説明の方法だけではなく、その内容においては「理屈」だけではなく「直感」「感情」「本能」に対して訴えます。

それによって判断できる人にしてあげたいのです。

なぜなら、鍼灸を毎日やる人はいませんし、多くて週に1、2回として考えると、その約1時間で出来ることは限られてしまいます。

つまり6日と23時間は一緒にいないのです。

それを「僧帽筋の凝り」「肝虚証」「気滞血瘀」と一括りでみて施術をおこなうのは限界があると思います。

そのため私は、施術は合理的であっても、目の前の人を理屈で考えることはしません。

その人が6日と23時間をどのように過ごしたら、施術効果は持続するのか、再発しにくくなるのか。

そういったことを日ごろから考えています。

あらゆることは複雑に絡み合っているため、単純な理屈で捉えることはできませんから、自分の感覚を信じて、そして判断をしながら良いものを選んでください。


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