前回の続きです。
東洋医学は「病名」よりも「状態」を対象にします。
西洋医学は病気を診断し、手術や薬で直接アプローチする。
東洋医学は症状や体質をみて、身体全体のバランスを整える方法を選択する。
どちらが正しいという話ではありません。
アプローチの視点が違うだけです。
少し話が逸れます。
先日、X(旧Twitter)でこんな投稿を見ました。
「整形外科に6か月通ったが、触られることはなく湿布だけ。治らなかった。
鍼灸や整体を受けたらすぐに良くなった。」
コメント欄には、
「地元のゴッドハンドに診てもらって治りました」と。
さて、本当に医師は治せなかったのでしょうか。
そして本当に、鍼灸師や整体師が“特別な力”で治したのでしょうか。
医師の立場からすれば、
「それは自然経過かプラセボだ。エビデンスがない」と言うかもしれません。
ですが、事実として
痛みが軽減したという体験は、本人にとって真実です。
ここで重要なのは
「何が効いたか」だけではありません。
・長く触れてもらえなかった孤立感
・不安を受け止めてもらえなかった心理的脆弱性
・誰かに理解してほしいという欲求
・救われたいという期待
・慢性的なストレスによる混乱
それらが承認され、
「あなたは大丈夫ですよ」と身体的接触を通して伝えられた。
この体験そのものが
痛みの解消に大きく関わることは十分に考えられます。
なぜ鍼灸師や整体師が神格化されやすいのか。
一つの理由は、医師よりも接触時間が長く、密接に関わるからです。
人は「関わってくれた人」に救いを感じやすい。
だからこそ、
代替医療は宗教やカルトと親和性が高くなりやすい。
物販が売れやすくなるのも、
信頼と依存が混ざりやすい構造があるからです。
日本は多神教的な宗教観があり、
コミュニティ意識も強い。
そのため、
「信じられる人」に帰属することで安心を得やすい文化があります。
SNSではインフルエンサーがその役割を担い、
代替医療の発信者もまた、
違和感なく受け入れられやすい土壌があります。
だからこそ、私は「病気を治す専門家」になろうとは思っていません。
私は奇跡を起こす人ではない。
日常の中で、
休息をつくること。
身体を感じる時間をつくること。
自分に戻る余白をつくること。
そこを大切にしています。
治すのは私ではない。
あなたが、自分の身体をどう扱うか。
どう生きるか。
それがすべてです。

