最近、
山口周
さんのこんな言葉を目にしました。
「焚き火の火は、なぜ見ていて飽きないのか。
それは、情報が変化し続けているからだ」
確かに、
火は同じ形を保つことがありません。
常に揺らぎ、変化し、
同じ瞬間が一つとしてない。
だからこそ、
私たちはそこに惹きつけられるのかもしれません。
一方で、
都市には多くの情報があります。
広告、音、光、人。
けれど、
それらの多くは均質で、
実際には「変化の少ない情報」でもあります。
だからこそ人は、
さらに刺激を求めるのかもしれません。
では、
私たちにとって必要な情報とは何でしょうか。
量ではなく、
「質」なのだと思います。
身体における刺激も、
同じことが言えるのではないでしょうか。
マッサージのような、
心地よい刺激。
それも大切です。
けれど、
鍼のような鋭い刺激は、
また別の意味を持ちます。
一瞬で入り、
身体に明確な変化をもたらす。
その刺激は、
脳にとっては
「情報の更新」として働いているのかもしれません。
人は、
変わらないものの中では、
やがて感覚が鈍くなります。
だからこそ、
適度な変化が必要になる。
それは、
外の世界だけでなく、
身体の内側においても同じです。
変化し続けること。
それ自体が、
感覚を保ち、
生きている実感を支えているのかもしれません。
鍼という選択は、
その一つの方法に過ぎません。
けれど、
「刺激とは何か」を考えるきっかけには、
なるように思います。

