5年前に書いた記事を、書き直している。
消してしまうこともできたが、
当時の思考や背景が、そのまま残っていた。
読み返してみると、
そこには鍼灸の説明が、ほとんどなかった。
書いていたのは、
医療というよりも、
生き方のようなものだった。
この数年で、
いくつかの場所で施術をする機会があった。
ニューヨークやバンコク。
日本の鍼灸が、
どこまで通用するのかを見てみたかった。
結果は、はっきりしていた。
技術は、通用する。
むしろ評価は、想像以上だった。
けれど東京では、
同じようにはいかなかった。
そこにあったのは、
技術の問題ではなく、
受け取る側の前提の違いだった。
日本では、
医療はまだ「任せるもの」として扱われることが多い。
整えることよりも、
治してもらうこと。
主体は、外に置かれている。
では、鍼灸は何をしているのか。
何かを強く変えているわけではない。
わずかな刺激によって、
身体がもともと持っている働きを、
思い出させている。
免疫や、自律神経、
そういった調整の機能。
いわゆる自然治癒力と呼ばれるものは、
特別な力ではなく、
本来備わっている秩序の動きだ。
ただし、
それは単独では働かない。
睡眠や、食事、
ストレスの状態。
そして、
どこに向かっているのか。
同じ施術でも、
結果が変わることがある。
その違いは、
技術だけでは説明がつかない。
「なんとなく良さそうだから」
そう言って来る人もいれば、
「こうなりたい」
と、はっきり持っている人もいる。
その差は、
施術の前から、すでに始まっている。
身体は、
与えられた刺激だけで変わるわけではない。
どう受け取るかによって、
反応の仕方が変わる。
痛いと思えば、
防御が働く。
怖いと思えば、
緊張が残る。
逆に、
変わることを受け入れていれば、
反応は自然に進んでいく。
効果を引き出しているのは、
施術だけではない。
その人の中にある前提が、
静かに関わっている。
治療は、
一度で何かが終わるものではない。
時間の中で、
少しずつ方向が変わっていく。
どこに向かっているのか。
それが曖昧なままでは、
変化もまた、曖昧になる。
整う人は、
特別なことをしているわけではない。
ただ、
向かう先が決まっている。
鍼灸は、
そのためのきっかけにはなる。
けれど、
進んでいくのは、
いつもその人自身だ。

