目の前に、
墨汁の入ったグラスがあるとします。
それを隣のグラスに移す。
さらにその隣へと移し替えていく。
少しずつ薄まりながら、
それでも、
確実に残っていく。
これは、
親から子へと受け継がれるものの話です。
身体的なことだけではなく、
心理的な影響もまた、
次の世代へと渡っていく。
では、
それをどうすれば薄めることができるのか。
日本には、
どこか儒教的な価値観が残っています。
家庭内の序列。
親の言うことは絶対。
そして時に、
支配が愛情として扱われてしまうこともある。
もちろん、
誰かが悪意を持っているわけではありません。
多くの場合、
そうするしかなかった背景があります。
受けてきたものを、
そのまま渡してしまう。
そうして、
連鎖は続いていきます。
臨床の中で感じるのは、
不調の多くが、
単なる「ケガ」ではないということです。
打撲や骨折のようなものではなく、
もっと長い時間をかけて積み重なったもの。
例えば、
過干渉や否定、
条件付きの愛情、
感情の支配。
それらは、
自己肯定感や人間関係、
選択の自由に影響を与えます。
そしてその影響は、
目には見えない形で、
身体に現れることがあります。
当院では、
三世代で来院される方も少なくありません。
その言動を見ていると、
背景と身体の状態が、
無関係ではないことが見えてきます。
ただし、
同じ経験をしても、
すべての人が同じように苦しむわけではありません。
外からは分からないことも多い。
平然として見える人でも、
内側には葛藤を抱えていることがあります。
そして多くの場合、
本人はそれに気づいていません。
無理に掘り起こす必要はありません。
けれど、
それが「当たり前」だと信じている限り、
苦しさは続いてしまう。
本当は、
もっと自由に選んでいい。
そう気づくだけで、
変化が起こることがあります。
私は、
すべてを鍼灸で解決できるとは思っていません。
同じように、
心だけでも足りない。
身体と心、
その両方に触れながら、
最終的に必要なのは、
本人の選択です。
「治す」という一方向ではなく、
「治っていく」ための関わり。
その中で、
少しでも心と身体が軽くなる。
そのきっかけになれば、
それで十分だと思っています。
受け継がれてきたものを、
そのまま渡すのではなく、
少しだけでも、
薄めていく。
それができたなら、
次の世代は、
もう少し自由に生きられるのかもしれません。

