「まだ痛い」と言う前に

慢性的な痛みを抱えている人が、
1度の施術を受けてこう言うことがある。

「まだ痛みが残っています」

その言葉を聞くたびに、
私はある問いを思い浮かべる。

「慢性とは、いったい何だろうか」。


目次

慢性とは「時間」である

慢性とは、時間の蓄積だ。

それは昨日始まったものではない。
数ヶ月、あるいは数年、場合によっては十年以上かけて
身体が覚えてしまった状態である。

姿勢の癖。
呼吸の浅さ。
思考の緊張。
生活の選択。

そうした積み重ねが、
やがて「痛み」という形で現れている。

もしそれが事実なら、
3年かけて固まったものが
60分で消えると思うこと自体に、
少し無理がある。

それは技術の問題ではなく、
理解の問題である。


私たちは「即効性」に慣れすぎている

今の社会は速い。

欲しいものは翌日に届く。
検索すれば答えは瞬時に出る。
動画は倍速で見る。

ハリウッド映画においては、動画配信サービスの台頭によってアクションシーンの
増加や演出に大きな影響を与えているというのだ。

つまりスマホの普及と集中力低下という、
「ながら見」対策として退屈な時間を作らない工夫をしている。

ただ、それはスクリーンの中の出来事。

その感覚のまま、
身体も「即座に変わるもの」だと
考えると違う。

身体は学習する存在だ。
そして、学習したものは
ゆっくりとしか書き換わらない。


痛みは「敵」ではない

痛みは敵ではない。

それは、
これまでの生活の結果であり、
身体からの報告書のようなものだ。

症状は壊れている証拠ではない。
むしろ、適応し続けた証拠である。

無理をし、
緊張を抱え、
それでも動き続けた結果として
身体は痛みを選んだ。

その背景を無視して
「1回で消えるべきだ」と考えるのは、
身体の歴史を軽く扱うことになる。


正直なことを言えば

正直に言えば、
1回で全てが変わると思われることに、
私はときどき疲れる。

施術は魔法ではない。
私も魔法使いではない。

やっているのは、
身体の再学習を促すことだ。

固定された緊張をほどき、
忘れていた余白を思い出させること。

それには、
ある程度の時間と、
本人の理解が必要になる。


本当に必要な医療リテラシー

慢性痛に必要なのは、
「即効性」ではなく「構造理解」だ。

痛みは“今”の問題ではなく、
“これまで”の集積である。

だからこそ、
変化もまたプロセスになる。

一度の施術で変化の「きっかけ」は生まれる。
しかし、それを定着させるには時間がいる。

慢性は、時間でできたもの。
だから、時間でしかほどけない。


それでも、私は向き合う

私は、即効性を約束しない。

けれど、
構造に向き合うことは約束できる。

その人の身体が
どういう時間を歩んできたのかを見て、
どこからほどけばよいかを考える。

痛みを消すことよりも、
痛みを生まない構造に戻すこと。

それが、
私の仕事だと思っている。

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